Scar
Red
Line

Rusty Line of Zero
Pitti1097
Design by Utsusemi.

Day9

南下を続けるアザミネが遭遇したのは、
かつて壮絶な戦いを繰り広げた『いくら破壊しても蘇る』機体の群れだった。

 操縦棺の中でもとりわけ己一つを守ることに特化し、そこからの思念で希望の通りに外界を歪める。小世界の中心――セントラルの中で、広域レーダーの拾う機影を絶え間なく追う。
 すっかりモニタを埋め尽くしていた影は戦線が火蓋を切ると同時にいくつか減り、残りは点滅するように消えては捉え直されることを繰り返す。
 敵機のうちの半数を占める、あの倒せば倒すだけ起き上がってくる『世界の不具合』。

 来るな。
 消えろ。
 いなくなれ。
 怖気はそのまま破壊の思念に転化して、グレムリンのフレームを伝って全身を満たしてゆく。
 一分と経たずに加圧十分のサインを出した大型思念増幅機構から迸った、文字通り光の速さで駆けるはずの一矢が見知らぬ大型機のすれすれを抜ける。
 だが場所は掴んだ。それで十分。そのままに右トリガー。
 粒子銃から迸る光の雨が視界を埋め尽くし逃亡を許さずに装甲を削り、やがてその最奥へ達する。
 それだけは既知機と同じように煙や破砕音を上げ、重力に引かれて海面へ向かうそれの末路は見ない。

 ・・・
 まともに落ちるものを落としきったら、後はそうでないものが残るだけだ。
 もはや帯に近いほどに収束させた粒子線の中を、煙と破砕音を立てながら近づいてくるものたち。
 最大加圧からそれを消し飛ばす極大の光は心から出でる拒絶そのもので、普通なら装甲一片さえ残らないその中からさえ駆動音は絶えずに。
 スクラップから戻って来る度にご丁寧に内部兵装まできっちり再生されるらしいそれが立てるジャミング煙がカメラの前を遮り、鳴り響くのは動作停滞アラート。それを無視して引きっぱなしのトリガーへなお力を込める。
 機体を満たしてなおあり余るほどの増幅思念と付属する小型EN供給器は、粒子銃をほとんど自動兵器に変えている。
 そのまま目を向けるのはモニタ上の電子時計。どこの戦闘記録でも、これだけの攻撃を受けて12分以上を耐えた機体はいなかった。
 時刻は02:03。
 それを視認すると同時、まだ消えるはずのない反応がひとつ、ふつりと消えた。
 



 02:11。違えるはずのない予測よりも、交戦終了は2分早かった。
 絶句したように応答のない真紅の友軍どもに適当に声をかける。答えを待たずにまだ遠いヒルコ・トリフネ船団への自動操縦をセットして、操縦棺のシートに身を預けて目を伏せる。
 まだ眼球の奥底で、どくどくと痛みが熱く脈を打っていた。第四種制御識適正はあったはずとはいえ、流石にこれほど振り回すことまでは支えきれないらしい。
 それか旗艦に寄った時に静養カプセルの一つでも借りるべきだったか。
 揺れる船団のベッドだろうが操縦棺だろうが問題なく眠れるようにしておけ、とは散々言われたことだが、カプセルの液体の中で受けた全身処置のあとはとりわけ調子が良かった。
 
 
 ただこうしてどれほど戦ったところで、そうしている間は死にはしない。少なくともグレムリンから放り出されて傷跡の制御識の増幅が切れるまでは。
 逆に言えばはっきりと終わりはそこにある。救助船団すら避けて通る死の空域。絶滅戦場を飛び続ける限り。
 元より安全装置すら外したこの機体はその救助の機会さえも与えはしない。ただ砕けた操縦棺から生身で宙に投げ出され、粉塵大気の層をくぐり海面に叩きつけられて、死ぬ。
 そうなれば泳げるかどうかに差はない、と言いながらきっちり水泳訓練は課しやがった教官の言葉。それだけを覚えていて、理由がすっぽり抜けている。それで十分だった。
 
 死ぬのが嫌でないかと聞かれればそんなはずはない。
 ただ生きるための安全装置のスペースより、そこに積めるパーツを取った。
 落ちても生きていける海の上より、一度だって落ちないまま飛び続けることを選んだ。それだけの話だ。
 そうじゃなきゃ生きていけるものかと思った。グレムリンという力それ一つで虚空を飛んでいくのなら。
 青花の言う心の自由なんざ信じる気はなくとも、青花に与えられた力で掴む俺の手の自由だけは確かに今も俺の触れ続ける本物で。
 その手で触れて崩せなかったあの不死身の化け物は、他の何かがそれを崩すとしても俺にはどうしようもなくおぞましくて。
 それがさっさと消えてくれたことは、理由はどうあれ喜ぶべきで。
 そして随分と、安心することだった。