その脳裏には、つい昨日終えたばかりの壮絶な戦闘の記憶があった。
壁一枚隔てた向こうから聞こえるのは走り回る軽い足音と高い声。
青花旗艦船団、それも工廠船でこんな声がするなんて昨日までは考えられなかった話だ。
避難民をグレムリン取扱区域、機密区画のこれほど近くまで受け入れなければならないほどに、船そのものが足りていない。
「何隻落ちたって?」
「2割。これでも少ない方だ。工廠船と倉庫船、それとお偉方のは守り切ってるよ」
そう返すエンジニアの手にあるIDカードが行く手の扉を開く。
作業用の軽装動作スーツが幾人も慌ただしく行き交うハンガーは見慣れた光景で、これが普通だ。「アネモネ」で見たあの死んだ工廠が異常なだけ。
脳裏によぎるあの荒廃を思い出す間もなく、作業スーツのうちのひとりがずんずんとこちらへ近づいてくる。
誰だったかと思い出すよりも、向こうが口火を切る方が早い。
「小僧。てめえ何しやがった、あの主兵装入れたばっかだっつってたな」
「何もしてねえ。墜とすまで撃ったんだよ」
「それだけでああなるだと? そんなバケモンがいたらお目にかかってみたいもんだ。
新品の武装が一戦交えただけで耐用限界超えなんざ聞いたこともねえ。それか不良品掴まされたか」
「ああ? 戦闘記録も見てねえで言うか? そのバケモンとやった貴重極まりねえ映像だぞ」
言い返したのはほとんど反射的だ。
こいつの口ぶりが気に食わないのもあれ、今も記憶に生々しいあの戦闘は、俺の踏んだ場数の中でもとりわけ異様で。
それを奴らのせいじゃなく俺やグレムリンのせいにされることは見当違いも見当違い。
そしてあの戦いの間ずっとついて回った不気味さを、いま一度呼び起こされたから。
叩き潰してなお、不可視の手で握り潰されてなお、操縦エミュレータのターゲットじみて元の形を取り戻す。それでいて幾度繰り返してもその機能を失わずに、寸分違わず撃ち返してくる。
間違いなく鋼でできた本物の機体が、捉えられる思念がそこにありながら、いくら払ってもなくならない。
鉄屑に成り果てるのを拒むような、受け入れがたい事実を受け取らずにあるような機体。
未識別機動体。その異常性の粋。
消えるはずが消えずにある『世界の不具合』。
あれはまさしく、そういうものだった。