虚空領域北方のうちでも特に寒冷な『氷獄』で目を覚ましたアザミネの眼下には、原住民である不死の男の姿があった。
いつの間にか音もなく棺の中へ入り込んだ寒気が、光の河の夢から俺を引きずり出した。握ったレバーは鋼の冷たさのまま、そのくせ触れるだけで焼け付くように痛む。
理屈は忘れたが、グレムリンの飛ぶ空はどうしたって地表より寒い。だからこそ棺内に防寒設備は整えてある、はずなんだが。
暖房関連のチェックが必要だ。そのつもりで眼下の青花旗艦を見下ろす。こんなところに停泊してやがるんだからできねえとは言わせない。
そう心を決めたところで赤い空を見上げても、光の奔流はない。
グレムリンの放射光やプラズマの輝きでも、ましてや電源系の明かりとも違うあの現実離れした光。
うっかり、天国なんぞ今時俺より下のガキでも信じない話をちょっとは信じる気になりそうな。
だが夢の続きとかいうものは、少なくともこの辺りにはないようだった。
あれが本当だってんなら、戦闘地点はここよりずっと西のはずだ。だから真面目にあの蛙のエンブレムの機体を探そうって気にはさっぱりならなかった。
『天国か! 文献にもそれらしいものはあるな。
だが役には立たねぇ!
どこからが歴史で、どこからが物語なのか、分からねぇからな!』
代わりに耳に入るのはどうやって生きてるんだか生身で釣り糸垂らしたオッサンの話で、その異様さに反して中身は随分真っ当だ。
どこからが歴史でどこからが物語なのか。それが文章として残ったものでも、誰かの口から聞くものでも、結局のところ聞く側にはさして区別もつかない。
それが目の前にあるものとかけ離れている限り。
青い空。注ぐ光。泳ぐという雲。冠された花。生身で外にいる人間。
いくら現実にあったものとして聞かされようが、結局それはお伽噺に違いなかった。