だが目の当たりにしたその光景は記憶とは全く違っていた。空気、人々、愛機までもが。
乗り込んだ操縦棺。握ったレバー。押された起動スイッチ。生体情報。入力したライセンス。
どれも『サーシオネ』を呼び起こすには至らなかった。
つい昨日までともに飛んでいたはずの機体がただ鉄の塊になって押し黙っている。
死体のように。
酷く淀んだ空気の中に、ぱらぱらと疲れ切った面の行き交う青花工廠。
見ない顔は大半がこの16時間の間に死んだか行方知れずだという。
工廠ハンガーにずらりと並ぶ青花のグレムリンの中に、一台たりとも動いたものはないらしい。
テイマーが死んだグレムリンが呆然と床を見下ろし、
グレムリンが死んだテイマーが空を奪われて鼠のように地を歩き回っている。
それが今の工廠だった。
そこに現れた動くグレムリンとそのテイマーなんぞ、素直に歓迎できなくて当たり前。むしろ換装ができるだけ余裕のある方か。
身内に刺されることにゃ警戒しろとは言われてきたが、流石にこんな無茶苦茶な事態を想定できるほどじゃない。
「………じゃあ、時間があったら通信して。でも、生き残ることを第一にね」
着いたら話そうという約束なんざそんな状態の前じゃあっという間に反故だ。
それをそう責めることもないのは、向こうでも薄々予想はついていたんだろう。もちろんラトーが元々そういう奴なのもあれ。
おう、と短く返事だけ返して、『フォールスビーク』のエンジンを始動する。棺内モニタの出力メーターは滑らかに動いて発進可能アラートを鳴らす。
いくら睨み合っても『サーシオネ』が到達しなかった段階へ。
加速と強烈なGが強く身体をシートへ押し付ける。握り込んだ手が不意に放されるように、音もなくそれから解放される。
ただいつまでも消えずに纏わりついている。
あの場にあった、これまでに見てきた何よりも強い死の気配が。