Scar
Red
Line

Rusty Line of Zero
Pitti1097
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Day21

第三種制御識《連環》、心の内側へ入り込む力によってかつての教官の記憶を探り、
アザミネはアルテア・スクールの真実を求める。

 違う。見たいのはこんな個人の話じゃあない。
 そう意識すれば今まで見ていた面接室の風景もまた急激に遠ざかる。それとともに視界に飛び込む、数多見える記憶のイメージ。その中からさっきのように、求めるものを探して向かう先を決めていく。
 アルテアに関わった個人としての記憶は、おそらく必要ない。アルテアという組織そのものの話を。
 そう望んで再び音もなく駆け、そうして辿り着く一つの光景。
 演壇の上には白髪の爺。骨と皮みたいな見てくれからは想像できないような声で、口角泡飛ばして居並んだ聴衆へ叫んでいる。
 そいつが誰だか知らないが、聞く側は雁首揃えて規律正しくその話に耳を傾けていた。随分と見慣れた軍隊式の整列で、その割には統制に欠けた好き好きの服装で。

『――グレムリンという新たな、そしてすべてを過去とする兵力に対し!
 真紅連理はその統制によって才ある子供をその意志に関わらず取り立て、悪鬼のシートへ座らせるだろう!
 翡翠経典はその技術によって才ある子供を創り出し、あの悪鬼のコックピットへ収めるだろう!
 翻って青花師団はどうか。我々には強制力はなく、また科学力もない。
 だが我々には理想がある。そのために撒く種と、それが咲かす美しい花。その結実によって生まれた過去よりの結晶がある!
 この計画もまた、新たに青花の土に撒かれる種子の一つだ!
 今、未来は混沌としている。日に日に濃度を増し、青空を遮るあの憎き粉塵のように。
 その新時代において、我々が三大勢力の一角として存在感を保ち続けるために。師団成立以来幾度も迎えた時代の転換期、その一つに今まさに直面していることを認め、次の百年に青花師団を続けてゆくために。
 そして次代を担う一人でも多くの子供たちに教育と帰属とを与え、光の当たる場で生かすためにこの計画はある!!
 この明日をも知れぬ世で治安は急速に悪化し、その犠牲が増え続けていることは知っての通りだ。一刻も早く、この闇に救いの糸を垂らさねばならない!!」

 そのご高説は間違いなく、もうしばらく長々と続く予定だっただろう。興奮のあまりにか爺が言葉を切って胸を押さえることがなければ。
 壇上の奥に控えていた取り巻きらしい若いのが慌てて立ち上がり、様子を見て声をかけ肩を貸す。
 よろめきながら退出する爺を送るように湧き上がった拍手も、その姿が見えなくなればあっという間にまばらになった。入れ替わるように部屋を満たすのはそこここで交わされるざわめき。
 
「治安のためだって言うなら、浮浪児をどうにかしたいだけじゃないのかね」
「闇上がりの傭兵……彼らほどの実力者はそもそも養成できるものなんでしょうか」
「これで散々バカにされた福祉も少しはマシになるといいんだけどな」
「しかし、あの調子ではパトロン殿もいつまで保つことだかな。次代が手を引くと言い出した時にも行き先くらいは斡旋してほしいものだが」

 それを耳に入れながら、若き教官の目は未だ無人の演壇に向いていた。



 そろそろ潮時か。これ以上留まって、何かしらの収穫があるとは思えない。
 だが着実に望む光景には近づいていた。組織としてのアルテアのお題目。お綺麗で長ったらしいそれは当然外向きのものだろうが、先ほど見た光景よりはよほど求めた通りのものだ。
 それを見られたのはやり方を分かってきたってことなのか、それとも単なる偶然なのか。
 それを思考によって確かめるほど悠長には構えていられない。必要なのは再度の、そして更に的を絞った試行。
 そう結論付ける間にも足は止めない。行き過ぎていく光景はどんどんと見覚えのあるものが多くなっていく。
 幾度も通った教練船の昇降口。こいつにとっては同僚の、別の教官の顔。その近くへ浮かんだ風景は講義中だろう。机に一面居並んだガキどもの姿。その中には俺もいた。
 だんだん時期は、俺の知る頃へと近づいてきている。
 その中で探るとしたら。そう考えられる時間も長くはない。けれど、ぱっと思いつくものはある。
 真っ暗な布団の中で語られた外のこと。見る影もないほどひどい顔になったルームメイト。あのことを、教官たちだって知らないはずはない。ああなるまであいつを閉じ込め問い詰めたのは、他ならぬ船の教官たちなのだから。
 教えろ。答えろ。
 お前たちから見て、あれはどう見えていた。




「終わったぞ」

 その声は、部屋のほとんど全員を一斉に振り向かせた割には随分と覇気のないものだった。
 席のほとんどすべてが埋まった職員室の入口でそれを告げた射撃指導教官の表情は、声色と同じくひどく固い。一度たりとも見たことがないほどに。
 
「真紅の差し金だ。あの女は金を積まれただけのフリーランスに過ぎないようだが。
 うまく丸め込んで、生徒を引き抜けりゃ万々歳だったんだろうな」

 『女』。生徒を引き抜こうとした女。そしてアルテア中の教官にこれほどの注目を向けられる女。
 背筋に冷たいものが走る。そんな奴は一人しか浮かばない。
 どことも分からない『家』に、級友を連れて行こうとした狂った女。確かにあいつは、引き離された時教官たちに『連れていかれた』と言っていた。
 差し金。差し金? あいつは誰かが差し向けていた? 俺たちを狙って?
 そんなはずはない。だって。その先は続かない。今見ているのは間違いなく記憶そのもののはずだ。そのどこに誤魔化しようがある。俺たちと違って、嘘を教えられるはずもない人間の見たものに。
 その動揺はこの場の誰にも伝わることはない。元より俺は、これを聞いているはずの人間じゃない。
 
「後は何らかの形で接触できりゃいいって状態までお膳立てされてたそうだ。あの脱走自体には関与してない。あれは単純なこっちの見落としってこったな。
 相も変わらず目の敵にされてるらしい。嗅ぎつけてくる程度には」
 
 静まり返った部屋にその言葉が響けば、それとともに男の纏う重々しい空気までもが同時に室内へ広がっていくようだった。
 吸い込んだそれに気が逸って堪らないのだろう。それに口々に音を乗せて、各人が好き勝手に意見だか感想だかを吐き出す。

「真実に嘘を混ぜるあの手口、背後に何かなければ実行できるまいと思っていたが。やはり……」
「それなら航路ももう割れてると考えた方がいいでしょうね。再考が必要でしょう、寄港先候補と青花船団の移動予定リストを」
「船団合流の際のチェックも更に厳重にしなきゃだよね。寄る回数自体減らした方がいいかも」
「やっと第一期生を送り出したところだって言うのに。いつだって前途多難でしたが最大級ですよ」
「このタイミングってのに嫌な予感がするんだよなあ。まさか漏洩源は……」

 てんでまとまりなく話したいだけ続くかと思われたその声は、予想に反して徐々に減っていく。
 いや、喋っていた連中が自主的にその口を少しずつ閉じていた。室内に意見表明としておずおずと掲げられた手に気づいた者から。

「すみません、これは、子供達には……特に、当事者の彼らにはどう伝えるべきなのでしょう。
 聴取の限り、彼らはあちらの話を信じている可能性が高いんですよね。可能な限り速やかにこれを伝えて、こちらを信用してもらい直さなければ」

 ひときわ小さなその手は見慣れたものだ。第二種《傷跡》担当教官、俺たちにすら舐められっぱなしだった気も体も小さい女。
 その声の後を隣の男が継ぐ。棺に収まることが不思議なほどの岩じみた巨躯に、散々見慣れた無表情のいかつい顔、その見てくれ通りのアルテアきっての鬼教官。第三種《連環》担当。

「今から信用が得られる可能性は低いと言わざるを得ない。子供たちが奴の話を信じ込んだ時点で、既に向こうの仕掛けは成功していると言っていい。
 生徒を手に入れることは、向こうにとってはおまけ程度だろう」
「説明をしたところで意味はないと?」
「必要とは思っている。だが」

 再び反論のために開こうとした女の口を音もなく閉じたのは、持ち主に似て堂々たる存在感を放ちながら高々と掲げられた男の腕。

「論議を提案する。
 『誠実な説明』に効果がなかった際の第二案、および可能ならば第三案を今のうちに決定しておきたい。
 特に、装置の使用を是とするかについて」

 その提案を耳にしてさっと青ざめた女の顔は、あっという間に隠れて見えなくなった。
 装置。その単語が聞こえるや否やほとんど反射的な速度で席を立って挙げられた手の主へ掴みかかった、同じくらいの巨漢の陰に。