しかしアザミネが手にしたのは……
引いてなお無反応のトリガー、一向に粒子が噴き出す様子もない柄だけのブレード。
気づいた瞬間は血の気が引き配した指が震えて感覚がなくなるほどだったそれらも、ひとまず生き延びられないほどの障害じゃあないらしい。
錆びた装甲はその外観からは想像できないほど分厚く、シールドを向け損ねるようなヘマがなければ未識別機動体の銃弾さえ通さない。
付属の零力計は3本のレーダーに助けられて順調に数値を上げていく。零力波発動域まではしばらくかかりそうでも、システムそのものに問題はない。
火器だけは外観通りの整備不良そのものでも、その他は意外なほどマトモだ。
最初に想像したほどヤバい状況じゃない。至る結論はそれ一つ。俺が油断するか、向こうに隠し玉のない限り墜ちはしない。
なら必要なのは余計な疲労の原因を作らないことだ。全周型モニタの中、前のめりになっていた体勢を崩してシートへ体重を預ける。
奇妙に慣れた感触。初めて座るはずの見知らぬ機体の中で出会うそれに思わず肩越しの視線を向けたところで、棺内のホルダーに収めていた端末が鳴った。
次の捕捉までは、これまでからすればいくらか時間があるはずだ。
だがもし、こっちにかまけすぎれば? さっきの通信の奴がそれを狙っているとしたら?
逡巡に答えたのは声ではなく制御識が見せる数秒後の自分。
絶対に嘘をつかないそれに従う。ハンズフリー通話をオン。回線を開く。
「アザミネ! よかったやっと通じた!!」
「ラトーだな? わかってたぜ、今棺内なんで4分以内で頼むわ」
戦闘中の話はハウリングじみて二重三重に聞こえて好きじゃない。
だけどこんな状況の中で、誰より聞き慣れたその声が聞こえてくれば話は別だ。
隣り合うカプセルで眠り起きるたびに顔を合わせ、腐れ縁じみて喜色満面から俺を散々叱り飛ばすところまでいろんな表情を見てきた相手となれば。
「棺っ……、お前、グレムリンに!?」
「おう。誰のだか知らねーけど貰っちまったよ、緊急徴発で通るだろ多分」
端末の向こうで絶句する気配。何度も見たその表情が脳裏にありありと浮かぶ。そりゃ、俺のした無茶の中でもこいつは最大級だろう。
だが向こうがその続きを語るより前に、俺の方がその続きへ違和感を覚える。
「あ?」
「そのグレムリン、動くのか!?」
「だから乗ってんだっての」
「そうか…………」
答えた後に、長い長い溜息。
動作を聞いた時の剣幕とは打って変わって、その吐息に宿る深い落胆。
「こっちは今、『アネモネ』の本拠ガレージ。こっちに残ってるグレムリンは全部停止してる。何度やっても仮設エンジンすら稼働しない。
僕のトリップラーレも、……アザミネのサーシオネも」
挙がる愛機の名前も、微かに聞こえる歯噛みの音も分かっていた。その理由も痛いほどに。
養成機関のテイマーが、今この時に肝心のグレムリンにそっぽ向かれちゃ誰だってそうなるだろう。
オートパイロットじみて意志が見えない見慣れた機体、だがそれより遥かに上を行く戦闘能力。
あの未識別機動体に、グレムリンさえあれば敵わないなんてことはないのに。
……あれ?
「……でも、お前の乗ってるそれは動くんだな。全部のグレムリンがダメって訳じゃないのが分かっただけでも良かった。
他にまだ動くのがあるかもしれないし、何か条件が……」
その言葉も、ほとんど耳に入っていなかった。
俺はどこでこのことを聞いたんだった?
あの、自分でもどことも知れない場所で目覚めてから。あるいはその前に?
「……ごめん、戦闘中だったね。
じゃ、切るよ。『アネモネ』で待ってる」
「……お、おう」
生返事に現れたその動揺を、多分あいつなら端末越しでも分かったろう。
それを裏付けるように、
「着いたら話、聞かせてね。
そのグレムリンも見てみたいし」
そう念を押して、通話は切れた。
それを認識した瞬間に改めて視線を走らせたモニタには、まだ捕捉敵影のサインはない。
零力計は普通の交戦なら明らかに達さない数値を示してこそいるが、零力破の水準にはまだ遠い。
本日のニュースです
昨日、星の海、真紅連理旗艦での連理会議が開かれました
真紅連理は戦力を結集し、系列企業や協力する傭兵に
連帯と結束を呼び掛けています
真紅連理はコモン・テイル・ストアで赤メシ無料配布を行い、人々を鼓舞しています
戦う人々に祝福を……我々は、生き続けるのです
何の混線かそんな時にラジオが鳴り出すものだから、無駄にビビった。
だが聞こえてくるそのアナウンサーの声にも聞き覚えはない。俺はラジオでこの状況のことを聞いたんじゃない。
本日のニュースです
南の島では今、謎の珍獣「カビャプ」が多数目撃されています
人々の気配が消えた町などを横切る姿が確認されています
ピンク色でもふもふしていてかわいいですね。血を吸うそうです
戦火の世にも、人々の連環を。我々はまだ、戦えます
だがそれ以上のヒントもない。
その思考を打ち切ったのは思念捕捉を示すアラームだ。向けられた銃口に宿る攻撃意志、未識別機動体にも一丁前に存在するらしいそれをレーダーが捉えた証。
予測射線へ向けてシールドを構える動きは初発に比べればずっと滑らかだ。鋼を伝わる衝撃は棺までもをびりびりと揺らして、しかし計器は一切の損傷を伝えない。
戦闘の終わりはまだ遠い。