Scar
Red
Line

Rusty Line of Zero
Pitti1097
Design by Utsusemi.

Day14

空を往くアザミネが遭遇したのは正方形状の巨大機。
その背には未だ、友軍としてこちらに助力する真紅連理の量産型グレムリンたちの姿があった。

 いなくなれ、の意志一つで爆ぜた風船を最後に捕捉敵影は尽きた。機体の中枢に据えたファントムハートは未だ棺内まで響くほどの唸りを上げていて、なお機影があればいつだって飛び掛かれる。
 そこから置く一分の間。海面から立ち上る幾筋もの煙の間に動くものは何もない。あるのはただ粉塵舞う、見飽きた赤い空。
 広域レーダーへ映る反応もゼロ。高速機および潜水艇による奇襲可能性はごく低い。
 02:04、絶滅空域、制圧確認完了。
 状況、終了。

「コンテナってより、びっくり箱か。
 似たようなモンかね。
 しかしやっぱいいねえ、叩けば素直に落ちるってのはよ」

 友軍回線へ流すそれは素直な感想だ。べろりと梱包でも剥がすように『生まれ変わる』あの空飛ぶコンテナは、鉄屑になることを拒む亀どもを思い出させて余りある。
 殺せば死ぬ。一番シンプルで実感に近い手段を、当たり前の顔で覆してくるあいつらの。

 そうしてもう一つは、状況共有だ。
 これくらいの軽口を叩ける程度の環境は確保した。計器でも実感でも確認している。何か問題はあるか、あるなら返せ。もちろん、警戒は怠らずに。
 そうして案の定、聞いているはずの相手からの応答はなかった。今に始まったことじゃない。最初からごくごく事務的な連絡以上のことはした試しもない。
 する気にさえならない飛び方しかできないような連中に、かける言葉なんか見つかるはずもない。あるとすれば揶揄だ。たった今、いよいよデコイだな、なんて嘯いてやりたくなったように。
 いてもいなくても戦況としては大差ない。ただ思念の総数に対応しているらしい未識別機動体を呼ぶためだけにここにいる。向こうだってそれが分かっていないはずもないだろう。幸いなのは当初の懸念通りエレクトロフィールドを持ち出すような事態になっていないこと程度。
 役割としては弾除けでしかなく、それ以上は期待できない。それ以外の何ができるものか。俺にも、あの未識別機動体どもにも、加速し続ける戦場そのものについてこられない連中に。
 幾度も行き着いた結論へ今日も帰着して、鼻を鳴らす一息さえもう出やしない。そうして外へ出ていくものの代わりに、腹の内へひたひたと溜まっていく憎悪の滴もまたいつもと同じだ。
 
 どうしてあんな連中のグレムリンばかりが動いてる。
 『サーシオネ』がその代わりに動いたのなら。それだけじゃない。その席に他のアルテアのテイマー、それに似たような生え抜き連中が座れたのなら。
 戦況を考えれば、そっちの方がよほどマシな戦果を挙げるに決まっている。
 思い出すのは青花工廠『アネモネ』。あらゆる機能を保ったまま、ハンガーに立ち尽くす遺骸と化したグレムリン。未だそれを受け入れられずに、見上げて呆然とするばかりのテイマー。動くグレムリンへ向けられる、疑念と羨望と嫉妬をありありと浮かべた眼。
 船そのものが巨大な墓標ででもあるかのような、怖気がするほど陰鬱な空気。グレムリンを受け入れるはずの工廠が無言のうちに、動く乗機を持つテイマーを弾き出すあの異様さ。
 あれがあってどうして、のうのうとあいつらが空を与えられたままでいる。答えは出ない。出ないから余計に、その理不尽が癪に障る。

 もちろんアネモネであの場にいた全員が、グレムリンを与えれば今いるデコイ以上の働きをするかと言われればそんなわけもない。
 ただ、マシな人間は間違いなくいる。例えばラトー。きっとあいつは、俺の他にも生き残りの行き場を知っているはずだ。
 待っていろ、そう思ってようやく、口元が吊り上がる感覚が戻ってきた。
 もうすぐ戻れる。氷獄での作戦を終えればそうはかからない。ヴォイド・エレベータとやらがなくたって、補給を含めても二昼夜あれば着く。
 関心はずっとそこにある。この予定に割り込んできて、グレイヴネットに我が物顔で居座った連中のことよりも前から。