Scar
Red
Line

Rusty Line of Zero
Pitti1097
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Day12

回想は続く。傭兵として生きる子供たちが生き残れる確率は決して高くない。
しかしそれ以上に、記憶の中には色濃い澱があった。

 一番最初に連絡を絶ったのは、傭兵なんかどう見たって向いてない神経の細い奴だった。制御識適性だけは五種どれも飛び抜けて高いくせに、実戦に出て引鉄を引けば帰ってから寝込まない日はない。
 なんであんな奴がいるんだろうな、無駄飯喰らいじゃねえか。
 俺だってそう嗤ったことを覚えている。テイマー養成施設と言う場ではその通り以外の何物でもないし、変に庇い立てでもしてあんな腰抜けの仲間だと思われる方がよっぽど恥ずかしかった。
 何を話すことはなくともこいつが傭兵になるなんて有り得ないと誰もが思っていたし、本人だって乗り気じゃないのは見るからに明らかだった。
 だから正確に言えば、誰も連絡を取ろうとしなかった、というのが正しい。少なくとも俺の周りでは。

 そいつが死んだんじゃなく失踪したらしいって話になったのは、別の奴から連絡が来てからだ。そいつにとっては唯一の友人といってもいい。
 そいつですら知らないことを俺たちが知るわけがない。それは突っぱねる意味でもあったし、文字通りでもある。
 そう答えてから、そのダチの方もそれっきり行方が知れない。
 
 
 その次は、卒業したら真紅へ鞍替えするつもりだと一度だけ漏らした奴だった。
 何お前あのだっせえ制服着んの、なんて茶化した奴も、あいつの顔を見ればすぐに黙った。嘘も冗談も入り込みようがない、思い詰めたと言った方がいい表情。普段ふざけてた奴だったからこそ、その面がどんな言葉よりも効いた。
 外に真紅の女がいた、『赤い手紙』があいつを注文したんで引き抜かれた、殺った相手の家族に情が移った、そいつを見てやるために真紅の物資や補助が必要だった。
 聞こえてくる噂はごまんとあれどれも憶測に過ぎなかったし、結局そいつはそのどれも真実だとは言わないまま、生きている証明さえもできなくなった。


 もっとまともなメシが食いたい。そう言い残してシンカプへ行った奴もいた。
 コーンミールの供給元の社員ならもうちょっと真っ当なメシが出るだろうなんていかにもガキの発想だが、そいつがそう言い出した時には大真面目に信じた奴が結構いて、そいつについていったのもいくらか。
 そのうち何人かが受かったって聞いて、本気で羨んだ奴、自分も行けばよかったなんて漏らす奴。自分が受からなかったんで何かコスい手使ったって言い出す奴。随分いろんな反応があるモンだなと他人事で眺めていたのを覚えている。
 だから最初にそいつらと連絡が取れなくなった時は、エリート社員様は忙しいんだろ、くらいの話で終わっていたはずだ。勤め始めの頃から実際に返信は飛び飛びになっていたから、誰もそれを疑う奴なんていなかった。
 実際、その状態からちゃんと連絡がついたことが何度かあったから猶更だ。ただ、その間隔はどんどん開いていったが。
 返事が一週間開き、二週間開き、ひと月開いた頃に、状況を聞いた奴がいた。送られてきた文面はいかにも無難だった。それが最後になった。


 そんなことが続けば続くほど、残りの団結は強くなる。似たように消えた奴がいればすぐに割れる。
 その生き残りどもで一度共通点を話し合えば、結論なんてすぐに出た。
 離れなかったことだ。青花から。グレムリンから。アルテアで仕込まれたことから。
 育てた側から見りゃそいつは当然なんだろう。
 手間も金もかけて技術を教え込んだ商品あるいはグレムリンの最終パーツを、操縦棺の外へ出すわけにはいかない。もちろん、他の勢力にも渡せやしない。

 誰もはっきり気づいたなんてことは言わなかった。
 代わりに行き交ったのは、やっぱり、と言わんばかりの陰気な目配せ。その感じが揃いも揃って同じだったから、何も言わなかろうが同じ結論に行き着いたと知っただけ。
 青花師団の組織である以上、その題目としての自由は耳にタコができるほど聞かされてきた。
 だがそいつをいくら説いたところで、アルテアにあるのは額面通りの自由じゃあない。
 定められたランダムさの間にしかない気まぐれに従って決められた通りの動きをする、画面の向こう側から出てこないプログラムの猫みてえな自由。
 何せテイマーの養成施設。将来的に他の勢力の連中とどうしたってぶつかることが約束されている場所に字面通りの自由なんかないってのは、大して考えなくたって知れている。
 ただ俺たちの疑いはそれよりも少し違うところにあった。


 空っぽのベッドを連日囲んで、残った連中で話していたのを覚えている。
 手を出しちゃならないモンに手を出した。別勢力の連中と通じた。『航空者』に連れ去られて体を弄られた。流石にそりゃねえって。いや、どうだろ。
 無断外出の懲罰にしたって謹慎一か月は長すぎた。最初は真っ青になって心配するばかりだったガキどもも、次第にその不安をどうにかしたくて必死に理由を考え出す。
 つまり格好の噂の的だった。その理由がどんなに切羽詰まっていても、いや切羽詰まっているからこそ話は留まるところを知らないし、憶測でしかないはずのことが事実みたいに広まっていくのにも時間はかからない。
 それも戻ってこないのは同室の奴だけじゃなかったから、どうせ学校中で似たような話はされていたんだろう。
 そこそこ真実味のあるものから荒唐無稽なものまで話は様々あって、だがいざ帰ってきた連中はそのどれにも答えなかった。
 ただ元と変わらずに、謹慎も何もなかったように過ごしていただけだ。
 腹の底に収められない何かを押し込めたようなひきつった笑いを、真っ青な顔に浮かべながら。


 何があったか知らないが、あんなのが長く続く訳もない。
 その思いが裏切られなかったと確信したのは、耐え切れなくなった奴がようやっと口を割った時だ。
 絶対外へ聞こえないようにしろと何度も念を押すそいつのベッドへ全員分の掛布団を持ち寄って、その中にガキとはいえぎゅうぎゅうに男が詰まるモンだから狭くてしょうがない。
 だが顔を寄せ合って話を聞いているうちに、そんなことさえ忘れるようだった。


「おれ、……船外出たんだ。第五教練棟の非常口、錠の電気時々落ちてるだろ。あそこから。非常ボートあるし」
「それは聞いてる。元々無断外出がどうって話だったもんな」
「よっぽどやべえとこでも――」
「違う!!」

「そ、そりゃ、行こうとしてたトコはあったんだ。
 だけど皆でぎゃあぎゃあやってるうちに、今どこにいるのかわかんなくなっちゃって。
 それで、その、そのときにさ……」

「絡まれたんだ、……気違いみたいな変な女に」