Scar
Red
Line

Rusty Line of Zero
Pitti1097
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Day11

かつて教室に居並び、授業を受けていた頃を思い起こしたからか。
眠るアザミネの脳裏に蘇るのは幼き日の記憶。

「目ェつぶって飲んだらぜんぜん普通のクリーチャーじゃん」
「匂いだけはなんかめちゃくちゃっつーか、何味だかわかんねーけど」
「めっちゃ甘ったるい匂いしない? グレープが一番強いんじゃね?」

 普段なら俺だって周りから聞こえる声と同じように、目の前のコップに注がれていたクリーチャーを喜んで飲んだだろう。
 その色がバケツの中でも覗いているかのようにどす黒く濁っていなければ。



 コモン・テイル・ストアを傘下に収め物資不足とは無縁の真紅連理、資金源のルートの多い翡翠経典、それに比べれば青花師団は資金や物資調達力に波があるとはよく言われる話で、その下で創設されたアルテアも例に漏れない。
 食堂のコーンミールさえ濃くなるのは週一で、普段は倍ほどに伸ばした薄いコーンミールに今でも何だったのか分からない白い粉をどさどさと注ぎ、薬臭いそれで錠剤栄養を流し込むのが普通だった。
 そんな中で嗜好品類として数少ない支給を受けていたのがこのエナジードリンクで、種類すら選べないそれの味を巡って支給日になれば喧嘩が始まるのは日常茶飯事。
 オレンジ、グレープ、シトラス、それぞれが何なのかも知らず、せいぜい色の名前だとしか思っていないことは全員が知っているのに。

 その真っ只中にどうやってか両手に提げた袋いっぱいの缶を持ち込んだ奴がいたもんだからガキの俺たちはそりゃもうお祭り騒ぎで、その騒ぎが行くトコまで行った時だった。 
 あのバカの極みみたいな真っ黒いクリーチャーを見たのは。


 飲んでも飲んでもなくならない夢みたいな量のドリンクを前にした上しこたま飲んで、多分全員まともじゃなかったんだろう。
 『これ全部混ぜてみねえ?』なんてバカの提案を誰が言い出したんだかはもうとっくに覚えていない。
 記憶にあるのはコーヒーとも違うオイル汚染水みたいな色をした、やたらに甘ったるい匂いがする泡立つ液体を目の前にして動けなかった俺と、それの入ったコップをひょいと脇から取っていく腕、大して考えもせずそいつに向けて振るった拳の感触と、結局その俺の分の黒いクリーチャーは床が全部飲んだことくらいだ。
 
 
 
 そうしてそれもすべて、
 翡翠工廠の静養カプセルの中で見た夢に見た、とっくに記憶の底に沈んでいたものに過ぎない。
 目が覚めた頃にはいつも通りカプセルの液体はすっかり抜けていて、濡れた身体がひどく肌寒かった。
 普段と同じく数度むせるようにして肺までを満たしていた呼吸液を吐き出し、体を外での呼吸に慣らしていく。
 
 脱衣所の鏡に映る身体のそこかしこに走る縫合痕は多少薄くなった気もするが、素人目でさえ分かる雑さはさっぱり直りやしない。
 あの頃と変わらないのはその程度で、今じゃそれ以外のすべては違う。
 背丈は頭いくつで数えるのもまだるっこしいほど伸びた。横幅だって似たようなものだ。
 自分のグレムリンだって持っていて、腹一杯食うには困らない。
 そうして自分のクレジットで自販機のクリーチャーを買うことだって。
 
 
 あの大量の缶ジュースを全部混ぜようなんて言い出したのが誰かは覚えちゃいないが、誰があれを持ち込んだのかははっきり覚えている。
 あの頃操縦訓練が一番上手かった奴。実戦へ行ったんだぜ、と誇らしげに語っていた姿。
 訓練に打ち込んでグレムリンが動かせれば夢が叶う、俺たち全員にそう教え込んだのは間違いなくあの日、浴びるように飲んだクリーチャーの味で。
 
 押したボタンはグレープ味、同時にゴトンと落下音。
 缶を開ければ嗅ぎ慣れた甘ったるい匂いが鼻をつき、口をつければ強炭酸とカフェインが眠気の残滓を払っていく。
 そうして考えてなお分からない。
 あの真っ黒なクリーチャーを飲んだくれてゲラゲラ笑っていた連中の大半が、今どこでどうしているのかは。