錯誤のバベル

Mist of War 4th season

week12

数百人を数えるハイドラ大隊は、毎週下されるミッションの度に20機単位の各小隊に分かれ作戦へ向かう。
その振り分けと、次なる敵機予告を眺める脳裏によぎるもの。


 送信されてきた次回ミッション内容は告知と変わりない。
 第25ハイドラ小隊に下された任務は地下空間探索。予測される敵機は計9機。未確認機と称される未知の機体が半数近くを占める。
 その中には、わたしがこのミッションを受諾するひとつの理由となった機体も含まれていた。
 
 未確認機「レッドドラゴン」。
 高空からの火球砲による射撃を主要攻撃手段とする機体、とライダー達の間では目されている。
 その名はわたしを誘うに十分だった。わたしの原初の製造目的を、圧縮され続けたメモリの奥底に眠るそれを呼び起こすに十分だった。
 
 ドラゴンとはわたしの殺すべきものの名だった。かつて世界を滅亡の淵まで追い込み、そしてわたしが創られるのを待たず駆逐されたものの名だった。
 わたしは眠り続けていた。それがいつか帰り来る日のために。
 けれど未だかつてわたしが、その身でもってそうであると判断したものを殺害したことはない。
 竜と称されるものは各々の世界に数多存在すれど、わたしの討つべき「竜」を見つけたことは数えるほどしかない。
 そしてその経験を元に、わたしは既に予測を終了している。
 竜の名を冠す未確認機もまた、本来わたしの攻撃対象となり得るものではないのだろうと。
 
 
 
 遠く出撃のサイレンが聞こえる。
 ミストエンジンから噴出した霧がパイプを通り抜け、エネルギーが全身へ行き渡る。
 「キッシンジャー」の履帯がゆっくりと回り出す。
 
 討つものがドラゴンであろうと、そうでないものであろうと。
 わたしはつまるところ兵器でしかなく、それは製造から現在まで何ら変化のない事実である。

week13

未確認機『レッドドラゴン』との戦いへ向かう『キッシンジャー』は、
他のライダーへのパーツの送付・受け入れに伴う手違いでエンジンを搭載することなく出撃することとなる。
それでも、ウォーハイドラという機械は動く。本来発揮されるべき性能にはまるで満たないとはいえ。


 ひとたび動き始めただけで下肢が悲鳴を上げているのが理解できた。
 跳躍どころか一歩足を進めるだけで剥き出しの関節部は軋み、装甲の隙間から火花が散っていた。
 その時はまごうことなくわたし自身の機体であったそれを、わたしはまったく意に介すことはなかった。
 そこはもう戦場で、引き返すことなどとうていできやしなかった。
 
 HCSを介し発生する霊障現象は、パイロットの戦い続ける意志さえあればどのような機体状況であろうと発生しうる。
 銃弾の尽きたはずの機体が、武器もなしに戦場より生還した。
 重量過多により脚部を損傷し死を待つだけとなったはずの機体が、襲い来る敵機を見えざる力で鉄くずへ変えていった。
 エンジンを欠きまともに駆動するはずのない機体が、不可思議なことに他のどれよりも高い戦果を挙げた。
 通常の物理法則では考えられないその攻撃方法は、残像領域に数多の都市伝説を刻んでいる。
 あるいはそのいくらかは、どこかの戦場で起こった事実なのかもしれない。
 あの戦場におけるわたしの戦いも、いつかどこかでそうした語り草の一つとなるのかもしれなかった。
 
 
 
 『いい支援です!』
 『この軍勢を一手に引き受けるなんて!』
 
 戦場オペレータの声がひどく遠く聞こえたのは響き続けるアラートのせいだった。
 聴力機関を介さずに直接感覚へと投げ込まれる音声。
 人間であれば耳鳴りにでも相当するそれは、戦闘の激化につれ音量を増し続けていた。
 
[HCS-霊障補助システム障害 87%]
[HCS-武装照準システム障害 86%]
[HCS-レーダー管制システム障害 91%]
[HCS-回転部駆動障害 79%]
[HCS-脚部モーター駆動障害 92%]

 考えられうるありとあらゆる障害、には未だ遠かった。
 対熱エネルギーフィールドと難燃性素材が功を奏し、自身から迸る火花で発火するような事態は発生していない。
 逆に言えば良いと言える点はそれくらいしかなかった。
 霊障現象は発生の度に精度を目に見えて欠いていき、機体の装甲板は度重なる攻撃によって削れに削れている。
 
 にもかかわらず、撃墜されることの想定さえ回路には浮かばなかった。
 このまま戦闘が続いているなら、それこそ機体の摩耗限界までも戦い続けられる。
 そんなあり得るはずのない想定が平然と選択肢に上ってくるような状態はまったくもって異常だ。
 わたし自身のシステムにもまたどこかで障害が起きていたのに違いないだろう。
 あるいは機体状態であったはずのバーサークというものに、繋がるわたし自身が影響を受けていたのか。
 
 
 機体中に機関砲を撃ち込まれたレッドドラゴン最後の一機が、目の前で炎上しながら墜落していく。
 やはりあの機体も、わたしが殺すべき『竜』ではなかった。
 そのはずであるのに、わたしの中にはひとつの実感が生まれていた。
 
 やはりわたしはこうあるために製造され、こうある中で破壊されるべきだった、と。
 そこに達したとて、もはや絶対にそうなることはないとしても。
 今のわたしの最重要目標が、それとはまったく矛盾する生の継続であるとしても。

week14

ハイドラライダーとなってからのシニカが戦場で振るい続ける力、霊障現象。
未だ未解明な点も多いそれは、シニカにとってどこか馴染み深いものでもあった。

 
霊障現象――特にウォーハイドラが武装の代替とするそれの端緒は、搭乗者の感情なのだという。
 武装なき機体で戦場に立つことへの不安。被弾とそれがもたらす死への恐怖。より高い戦果のため友軍機が背を向けている己を撃つかもしれないという孤独。
 それを払拭せんとしたハイドラが振るう不可視の武装こそが霊障である。
 残像領域における現在の研究でもっとも有力とされている仮説はそのようになっている。
 これが「もっとも有力な仮説」となる程度には「ハイドラに人格が存在する」という考えは一般に普及しているらしい。
 残像領域において戦闘補助AIは一定の普及率を見せており、マーケットでは時折パーツとして搭載されるAIの販売も行われている。
 そうしたものではなく、ウォーハイドラあるいはその核となるHCS――ハイドラ・コントロール・システムそのものに未観測ながら人格、あるいは精神が存在するという推論だ。
 モニターに映る子猫、ひとりでに動くワイパー、ハイドラと直結するわたしに囁きかけてくる未知の通信信号。
 ハイドラの精神の存在論拠となるそうしたものにわたしは未だ出会ったことがなく、したがってこの説には懐疑的な態度を取らざるを得ない。

 ただしその説は、わたしにとりまったく突飛というわけではない。
 わたしはそれに類似したものを知っている。それもまた、わたしという機体あるいは道具、もしくは兵器の根幹のひとつである。
 
 わたしの製造された世界に霊障現象は存在せず、けれど推定するに限りなく近しいものがあった。
 サイキック、古くは魔法とも呼ばれた意志の力。
 
 目の前の相手を打ち倒さんとする敵愾心によって花開き、
 その信ずるところを疑わず振りかざす利己心によって目標を定め、
 その力そのものを誇る自尊心によってその鋭さを増し、
 そしてそれはいつか得た名声へ縋らんとする虚栄心によって萎み始め、
 結局は原理も何も知れぬそれ自体への猜疑心によって消える。
 
 それは元来そういう力だった。
 心によって生まれ心によって滅びゆく不安定な、しかしそれ故にあらゆるものを滅ぼす可能性を秘めた力。
 けれどそれさえ分かっていたのなら、それを安定化させる方法は存在した。
 
 
 魔法を萎ませぬ心の持ち主を、つくればよかったのだ。
 人倫に縛られず、人類を傷つけることもない形で。

week15

数週前の、偶発的な事故によるエンジンを欠いた出撃。
それをきっかけに、シニカは一つの試行を思いつく。
言うなればそれは戦場を使った実験であった。


 ウォーハイドラはいつでも、テセウスのパラドックスの命題をその身に帯びている。
 すなわち同一性の問題だ。
 マーケットにはより優れたパーツが供給され続ける。兵器として道具としてより強くなることを求められ続けるウォーハイドラは、そのパーツを次々に換装していく。
 そしてハイドラを構成する脚部と操縦棺、そしてその他9つのパーツがすべて別のものとなったとき、そのハイドラが同一の機体であると明言できるのか。
 
 ウォーハイドラの汎用性、そしてパーツに対する適応能力が更にこの問題を複雑化する。
 例えばハイドラ・コントロール・システムの根幹たる操縦棺を別のものへ改めたなら?
 例えばハイドラの性能の決定に大きく関わる脚部が以前のものとまったく別の種別となっていた場合は?
 例えば機体の負う役割を大きく方向転換し、9つのパーツをすべて以前とは別の種別のものへ積み替えたら?
 そして無論、そのすべてが一度に起こることも十分に考えられる。
 
 
 パーツの交換に対する考えは、そのままわたしにも降りかかってくる。
 わたしが使用する人型機体もまた耐用年数は無限ではなく適宜交換の必要性が生じていたし、わたしは残像領域に至るまでに既に複数回機体を乗り換えている。
 わたしはその交換を死とは考えなかった。
 わたしという自意識が保たれ、再びそれに沿って動く肉体を手に入れる、わたしが生きるために必要なことを、死とは考えなかった。
 もしもウォーハイドラに通説通りの精神が宿るのだとしたら、ハイドラもまた同様に自らの同一性を規定するのだろうか。
 
 
 直結は済んでいた。
 意志一つでウォーハイドラは起動する。
 同時に響く非常電源作動アラート。
 動的機関欠如のエラーメッセージ。
 このメッセージも、モニタへの電力を節減するためじきに切れるだろう。
 
 ウォーハイドラはエンジンを欠こうとも、非常用電源で各パーツを駆動させ戦うことはできる。
 その状態で戦場に立つ機体も、まったくないわけではない。
 だがそれはパイロットが正常に機体を操れての話だ。わたしはそうでない。故にこれまで、有効な手とは知れども実行は避けてきた。
 けれど次の戦場であれば、おそらくその状態で立っているだけで十分な収入は得られるだろう。
 そしてウォーハイドラに、もしも本当に精神があるというのであれば。
 あるいはわたしの霊障現象への適応性が、例えば意識の外において発揮されるようなことがあるのなら。
 
 
 出撃の鐘が鳴る。

week16

戦場を使った実験を終えて、帰還した格納庫の中でシニカは目を覚ます。
枯渇したエネルギーを受け取るため操縦棺内に横たわりながら、思考は続く。


 機体へミストエンジンが接続される。
 わたしのメインブレインが再起動する。
 画像情報も音声情報も、処理できるほどの余裕はまだない。
 流れ込んでくるエネルギーすべてを状況の安定へ向ける。
 すなわちそれは安静である。
 
 現状において、わたしは直結したウォーハイドラから余剰エネルギーを受け取ることで駆動している。
 わたしはハイドラライダーである限り、そして先週のようにあえてエンジンを欠くアセンブリを行わない限り、動力源欠乏に対する懸念を持たずに済む。
 そして残像領域において戦役の続いていく限り、企業連盟の武力たるウォーハイドラとハイドラライダーは不要とならない。
 現状、ハイドラライダーでなくなる理由はふたつ。
 ライダーライセンスを捨て自らその座を辞すか、戦役の最中に死を迎えるかだ。
 わたしにはどちらも有り得はしない。
 わたしが活動するためにはライダーであることが不可欠で、わたしの目的はただ生き続けることだ。
 
 しかしそれもあくまで現状の話だ。
 ハイドラ大隊にはバイオスフェア出撃の任務が下され、その執行は来週へと迫っている。
 残像領域の辺境にはいまだ三つの要塞が残り、企業連盟はそれをも手中に収めるのだろうという。
 抱えて離さぬ大隊の武力をもって。
 
 仮定する。
 その三つの要塞を、すべて連盟が押さえたその時は?
 例えかりそめであろうとも残像領域に平穏が訪れ、ハイドラライダーが不要となったその時は?
 
 多少の制限はかかれど、低出力エンジンを使用した工業用機に乗り換えることもできるだろう。
 あるいはミストエンジン以外の動力源を探すこととなるだろう。この世界に辿り着く前と同じように。
 ただ動力の問題それ以外においても、ライダーでなくなることにはデメリットが多いように思えた。
 ハイドラライダーであることはわたしの製造目的と現状の遂行目的を効率的に果たす上でも非常に有用だ。
 すなわち、なにものかに従う有能な兵士であること。
 なにものかを討ち倒す優秀な兵器であること。
 可能な限り自立意志と行動可能な状況を保ち続けること。
 そして、逃げ続けること。
 生物に例えれば本能にあたるそれを、この立場は過不足なく満たしていると言えた。
 
 代替の発見が不要になるとしたら。
 ハイドラライダーという職務が存在し続けるとしたら。
 そのためにはいかなる状況が必要か。
 
 
『それでいい。俺は戦火を広げるために。アンタは生き残るために』


 それはかつて、僚機を得た時に彼の語った一節だ。
 おそらくそれは間違っておらず、そして一致しているのだろう。
 
 
『せいぜい、利用価値がある限りは骨の髄まで利用し合うとしよう』


 反射的な速度で浮かんだ、イエス、のたった一語の音声ですら、未だ発せるほどにはエネルギーは回復していなかった。
 それはわたし自身のメモリの奥底に眠る、なにひとつ人間として振る舞うことに順応していない頃の。
 わたしにとってもっとも根源的な言い回しだった。

week17

第二の遺跡要塞『バイオスフェア』攻略のため遠征を開始したハイドラ大隊の元には、要塞に陣取る辺境軍閥の長『ルオド』からのメッセージが頻繁に届くようになっていた。
遺跡に眠る遺産技術を手にしたという彼の言葉を裏付けるように、進む先には要塞を覆い尽くす巨大な繭の姿があった。


 ΑΦΡΟΔΙΤΗ――「アフロディテ」。
 二週前に通信をジャックしたメッセージは、バイオスフェアに鎮座する繭のことをそう呼んでいた。
 それはかつて教えられた神の名の一つで、それが何を司るかという伝承についても知っていた。
 しかしだからこそ、あの繭の姿とその名は噛み合わない。

 美、愛、性。
 かの神が司るはずのそのいずれも、あのハイドラに関連するようには思えなかった。
 もしもそのどれかが、あるいは全てがあの繭の中に存在していると仮定しても、とうに信仰を失った神の名はあまりに感傷的すぎる。
 バイオコクーンという、辺境軍閥のそれとは打って変わって機能と姿のみを表すその呼称の方がずっと合理的で好ましかった。
 
 
 かの神の名を含めて、かつて教えられたものの中にはあまりに役立つ頻度が低いものが数多く含まれていた。言語、神話、習慣、風俗、それも様々な民族のもの。
 人の一生では到底及ばぬほどの時間をかけたことを考えれば、その費用対効果は無きに等しかった。
 わたしにそれを教えた主はそれを教養と呼んでいて、あらゆる場所のそれを知ることを望んでいた。永い命で数多の世界を渡りながら、それでもすべてを網羅することなど不可能だと知りながら。
 主の行くところならばわたしはどこへでも同行した。主もそれを拒むことはなかったし、その頃のわたしの意義というのはそこにあった。
 けれど主の行うことの意義を理解したことは数えるほどしかなく、ただ教えられるままに蓄積していくデータを適宜圧縮し、あるいはメモリ内アーカイブとしていくばかりだった。
 その日々のうちでわたしの学んだのは、知識それそのものとともに、もう二つ。
 
 人間性とはおそらく感傷的で非合理なものなのだ、ということ。
 そして主はわたしにそれを身につけさせたがっていた、ということ。
 
 あの頃よりずっと、わたしは人間を装えるようになった。
 けれどその非合理なものは、わたしが手にするにはあまりに遠く、そして無用だ。

week18

バイオスフェア遺跡に辿り着いたハイドラ大隊は、その全兵力をもってバイオコクーンと相対する。
遺跡に鎮座した巨大な繭は無数のバイオ兵器を生み出し抗戦するも、ついに孵ることも、侵入者に打ち勝つこともなかった。


『……「ΑΦΡΟΔΙΤΗ」は最強だ。無敵だ。絶対なんだ。動いてくれ、「ΑΦΡΟΔΙΤΗ」』

 その哀願を、わたしはもっとも近くで聞くひとりとなった。
 ハイドラ大隊による総攻撃に耐えきれず崩れ落ちるバイオコクーンから送られてきた、ノイズとエラー音にまみれた通信メッセージ。
 
『頼む……失った軍隊、失った未来、失った希望に見合うはずだろう、「ΑΦΡΟΔΙΤΗ」。お前は……』

 それは命乞いでも処刑の嘆願でもなく、もう既にパイロットはわたしたちを見てはいなかった。
 確かにかのウォーハイドラの中に座していながら、それと一体となってわたしたちに敵対していながら、そしてわたしたちへとメッセージを送ってきていながら、彼はもはやわたしたちの方など一瞥たりともしていなかった。
 彼が見ているのはウォーハイドラ「バイオコクーン」、あるいはその中の1パーツに過ぎない「ΑΦΡΟΔΙΤΗ」高速増殖培養槽と分類されたそれ一つだった。
 意志持たぬそれが声に応えることは決してないというのに。
 あるいはハイドラライダーとして、残像領域で生きるもののひとりとして、戦場に似合わぬ感傷を持つもののひとりとして、彼も信じているのかもしれなかった。
 ウォーハイドラに宿るそれそのものの精神の存在を。
 
『どうして、どうして……大きすぎる代償に、与えられるものは……こんなにも……』

 そうした人物であれば、おそらくはこうした誤謬にも容易に陥ってしまうのだろう。
 投資の続行が損失に繋がることが明らかであるにもかかわらず、それを絶つことができなかった。
 典型的なコンコルドの誤謬。
 
『俺は、辺境の皆に力を与えたかった……なのに、大きな代償の果てに、手に入れたのは、こんなちっぽけな……』

 仮定する。
 もしも本当にウォーハイドラに、バイオコクーンに、「ΑΦΡΟΔΙΤΗ」に意志があるとすれば。
 もっとも御しやすいのは、まさにこのような搭乗者ではないだろうか。
 
『小さな……力だよ……『ΑΦΡΟΔΙΤΗ』。お前は……』

 機械は意志を持って行動を行おうとも、必ずしも感情を必要とはしない。
 感情を持っているのは、そして対象がそれを持つかどうかを判断するのは、使用者である人間だからだ。
 その判断さえさせることができればいい。対象たる機械が感情と意志を持ち、自分が与するべき、力となるべき、保護すべきものであるという誤謬に落とし込めればいい。
 きっと彼のような人間が、真っ先にそこに至る。
 
 
 そしてわたしはそれを目にしたことがあった。
 わたしのメモリ記録のいちばん最初に。
 
 
 
『識別名「マシーナ」、機体の総シリーズ名は「アンドロ」。
 製造当時の言語ではそのまま「機械」「人造物」の意のようですね』
『……それではあまりにも短絡じゃないか。今のところ、この一体きりしか発掘されていないのだろう?
 人形のようなものとはいえ、意志を持って動くものを。しかも子供を、その扱いというのは』
『あなたの言うことには確かに一理があります。ですが、呼ばれて認識する名はその通りでしょう。
 これはそういう風にできているものだそうですから』
『そうか』

『では、これはどうだろうか。
 「マシーナ・『クローイェヴナ』=アンドロースカヤ」。愛称形として、シニカ。
 ……多少は人の名前らしくなると思うのだが』
『父称までですか? ……止めはしませんが。呼んで認識されることも保証しませんが』
『「主人」としての権限は、それを可能にするんだろう?』
『ああ、……そうですね』
『だが、それを使うことは最小限に留めたいな』

『この名に現れた通り。私はこの子供を、娘のようなものと思っているのだから』

week19

第二の要塞『バイオスフェア』攻略を終えて後、ハイドラ大隊は活動を続けつつも束の間の小康を得る。
兵器として、兵士として以外の役割を持たないシニカには、それは新たな試行の時間と映った。


 ミストエネルギーをブースターへ回し、他のハイドラを、そして飛行型敵機を軽く超える高さまでも跳躍する。
 補助輪を駆動させ、霧を裂いて戦場を自在に疾走する。
 八週間を空けて動かした軽逆関節脚部機体は、そしてその速度を支える各種のパーツは、文字通り飛躍的な進化を遂げていた。
 それを使用する身の軽さを感じるのは八週間ぶりだった。
 これほどまでの、とつければ、それは残像領域を訪れる遙か前までも遡った。
 
 
 霊障機は、他のウォーハイドラと比べても格段に脚部を選ばない。
 どのような状況であろうとも放たれるのが霊障攻撃の特性で、それは戦況のみならず機体のアセンブル状況をも含んでいる。
 『キッシンジャー』の使用した脚部パーツはこれで五点。脚部種別で数えるならば三種。
 わたしが機体を見つけ出した時のままの車輪、陽動担当時における堅牢性と旋回速度を両立するタンク、戦闘機動ペースを速めることを目的とした逆関節。
 一見すれば共通性も何もない。
 ライダーによっては己の操縦技術のため、あるいはハイドラのコンセプトに沿うためひとつの脚部に固執するものもいる。
 しかしわたしはそうではない。
 『キッシンジャー』は改修に改修を重ねられ当初のコンセプトなど見えないし、わたしはそもそも多種の機体に適応できるようつくられている。
 わたしは何をも纏うことができて、ウォーハイドラもそのひとつになっているに過ぎない。
 初めのわたしは性徴前の少女を模った機体だった。それは人間を装うためつくられたのではないわたしを、そのために人が疎外しないためだった。外付けされた愛嬌が使用限界を迎える頃に、わたしの適応能力は初めて発揮された。
 いつかのわたしは男性型の機体を使っていて、その頃出会う人々はわたしを冷徹かつ寡黙な男性であると思っていた。
 またいつかのわたしは人の形さえしていなかった。獣を模した小さな機体を使用していた頃、わたしは気まぐれで、そしてそれ故に魅力がある風に映ったという。
 そして今のわたしは女性型であり、戦場に出たのならばウォーハイドラである。
 何をも纏うことができて、何をも装うことができる。
 けれどその本質は何かと聞かれれば、兵器という答えから外れることはない。
 これまでも、そしてこれからも。